2012-10-03(Wed)

蓑ヶ坂・沼の伝説

奥州街道「金田一宿」は99番目の宿と言われています。
滝がきれいな姉滝、川口集落を過ぎると釜沢地区になります。
10月28日に行なわれる「ロングトレイル」のため写真を撮りに行きました。

釜沢

今、釜沢地区は稲刈りに追われ、りんごの作業の真っ最中です。
りんごには「葉摘み」という作業が必要なのだそうです。
赤いリンゴは着色管理が必要なので、
りんごの周りの葉っぱをちょつと採ってあげて
色づいたら今度はりんごをくるっと動かしてまんべんなくお陽様を浴びると
りんごは赤く、美味しくなるのだそうです。
一手間も二手間もかかるからリンゴはおいしいのですね。

りんご

街道沿いには、リンゴ畑や田んぼががあり長閑な風景がつづいています。
今は長閑なこの地ですが、、釜沢城があったため色々な伝説があります。
「小笠原淡路守の怨霊」「血の宮伝説」など、歴史に基づく伝説を知ることができます。
そして、蓑ヶ坂の入り口へ・・・

みのがさか

駕篭立て場の頂上目指してひたすら登っていくのです。
奥州街道一といわれる峻険の坂道を上りきるとかご立て場につきます。
頂上には明治天皇巡幸の記念碑があります。
東側を見れば下に馬渕川そして舌崎、北東に目時、名久井岳が見られます。
この頂上から、少し歩いた所に一里塚があり、左に下っていくと伝説の沼があります。
沼の伝説は三戸、二戸では少し違っています。


(鞍沼伝説)

三戸町の近く沼尻部落のはずれに、蓑が坂沼という沼があり、底知れぬ深さであった。
この沼に住む主は大蛇で、雨が降りそうになると、沼の近くの坂に蓑と笠に化けてかかっていた。
通りがかりの村人が雨に困って、この蓑と笠を着ると、そのまま沼に引きこまれてしまうのだった。
それでその坂を蓑が坂というようになった。
ある時、話を聞いた南部の家来で、玉山兵庫という武士が、これを退治しようと馬に乗ってやってきた。
しかし、主は見当たらず、沼に一本の大木が浮いているので、これ斬った。
するとその大木は大蛇の姿を現して死んだ。
兵庫は馬の鞍を沼に沈め、以来この沼を鞍沼と言うようになった。
また、沼の傍らにお堂を建て、これを鞍沼明神と言うようになったのだという。
『日本の伝説25 青森の伝説』

これと、ほぼ同様の話が二戸にも伝わっています。
ヌシの討伐に奮戦するのも南部藩士の玉山昇という同じような名の人ですが、中盤から話の模様が違っています。

玉山昇が主を見ると・・醜い面相のいたこが現われ、憎々しげに昇の顔を見るとけたけたと笑った。
馬もあとずさりし、動こうとしない。これだ、と思った昇はオノレッと、いたこを槍で突いた。
いたこは一声叫ぶと槍もろともに姿を消した。
沼に逃げ帰ったに違いないと見た昇は、もぐり人を頼んで、沼底を探らせた。
すると、世にも不気味な大木のようなものがあり、もぐり人はこれに縄を結びつけ戻ってきた。
みなでこれを引き上げてみると、幾百年生きたかという大百足であり、昇の槍が胸に突き刺さっていた。
ちょうど同刻、盛岡の玉山家で昇の叔父が本を読んでいると姪の御蓮が庭先の石垣にスルスルと登りだし、叔父を見るや醜怪な面相に変じ、けたけたと笑った。
これは妖怪と叔父が槍で突くと、どさりと落ちたのは可愛い姪である。
介抱に手をつくしたが、御蓮は亡くなった。
大百足退治から戻った昇は事の顛末を聞き、これは大百足の祟りかと思うも最早どうしようもなかった。
亡き娘を御蓮神社として祀り、以来玉山家では大百足のついた紋を門に立てたと言う。今も、玉山村の姫神神社の傍には御蓮神社の祠がある。


現在、沼は小さくなり見る影もないようですが、不気味さは感じ取れるようです。
そして、玉山昇の武勇伝はいろいろな所であり、玉山家の紋が百足だというところがおもしいですね。


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