2011-05-27(Fri)

道案内人(ガイド)

6月12日(日)の「新緑の奥州街道を歩く・蓑ヶ坂と粉の道(金田一宿)」の道案内(ガイド)として3人が務めることになりました。
金田一地区も釜沢地区も歴史が深く、舘がありました。(釜沢城・四戸城)
街道筋の歴史の紹介も忘れてはなりません。
金田一宿から蓑ヶ坂までの道が少しづつわかり、街道筋の歴史のこともわかってきました。
そして、1里塚跡も解ってきました。
地域の昔話や伝説・物語も知りました。
歴史はあまりに奥が深く解りづらい点がありますが、昔話や物語は地域の皆さんに親しまれる事でしょう。
将来的には、地域の皆さんにより知っていただくためにも金田一温泉駅や1里塚跡・金田一宿の説明などの看板の設置や冊子の出版にも取り組みたいものです。
看板も冊子も良いのですが、誰でも参加できてみることができるようなイベントも良いかもしれませんね。
たとえば、地域観光(りんご狩り)を組み合わせてみたり、よりゃんせ金田一の二戸狐ばなしにちなんだ「狐の嫁入り」や、「街道マラソン大会」のような広く皆さんに親しまれそうなこともよいかもしれませんね。

夢はたくさんありますが、まずは、エコツーリズムを成功させましょう!!




今回は、蓑ヶ坂の頂上で金田一温泉のお母さん的存在の長谷川さんが作った料理(おにぎりとけんちん汁とつけもの)を昼食として用意しています。

実は・・・前回の奥州街道の時の道案内人は、25人ぐらいに対して1人で、ハンドマイクもありませんでした。
そのため聞こえが悪く大変ご迷惑をかけました。
今回は、そのようなことがないように案内人は3人とし、ハンドマイクも用意しました。
(地域づくり課のみなさんありがとうございました。)
5月23日に会議をしながら勉強会をし、また、来月の6日にも最後の打ち合わせと勉強会をすることにしています。
道案内人はもとより私たちよりゃんせ金田一一同、参加してくださった皆さまに「よかった」と言って貰えることが励みになっています。
この街道ウォーキングを重ねてこれたのは、地域の皆さんの応援あってのことです。
皆さんにあえることを心からお待ちしています!!


 金峰庵

常楽寺跡 釜沢字寺舘(金峰寺)
釜沢城の寺館にあり、小笠原氏の菩提寺でした。
寛文12年(1672)にいまの金峰庵が建立されたと伝えられています。
重清の墓がある苔の美しい寺です。




 
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