2010-04-12(Mon)

奥州街道・金田一街道を探る

かいどう

  よりゃんせ7名、市の地域づくり推進課3名で「北奥路程記」に書かれている金田一の「一里塚」を訪ね歩きました。
北奥路程記より >
金田一町出口より、611間(1110.79m)行きて坂あり『ツガ子坂』(フガネ坂)と云う。この坂下より峠まで、126間(229m)。峠下、馬渕川の流れ右に見える。高さ10丈(30m)と云えり。川向には小林、下山井よく見える。
右峠(上記)377間(685.38m)行きて「一里塚」。この塚へ五日町の一里塚より 4130間(7508.34m)なり。随分かたき塚なり。
右塚(上記)より、106間(192.7m)行きて「小野村」。村中左に荒神の祠有り。小野村はずれより178間半(324.51m)行きて法呂沢、小橋2間。右に明神あり。これより土堂(藤)坂峠まで144間(261.79m)。


江戸時代、金田一は貧しく、民家があまりなかったという。
この辺りは桑畑が多かったらしい。
金田一町出口はだいたい下平付近だったのだろうか????。
まずは、目星をつけた道土堂坂の測量です。

miti

すがすがしい春の息吹を感じて、時折、時間が止まってしまいそうな山道。
この道を、江戸時代歩いたのだろうか?
miti



可愛い花々が、私達を和ませてくれました。

hana



江戸時代の測量は、3人ぐらいで縄を用いて行なったといわれていますが、大変だったでしょね。
つづきは、明日・・・。
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No title

楽しみにしていますので、続きを聞かせて下さい。
願海庵の下の舗装道に出た辺りからの市街や折爪岳の展望は、私のお気に入りの風景の場所です。
この先、岩舘を通って鳥子長根から野々上に抜ける道を歩いて見ることもお薦めします。
この道は幼児のころに、祖父の牛の背に載って通った思い出があり、何故か「箱根の山は天下の険函谷関(かんこくかん)も物ならず万丈(ばんじょう)の山千仞(せんじん)の谷前に聳え(そびえ)後に(しりえに)支う(さそう)雲は山をめぐり霧は谷を閉ざす…」の歌を聴いてここのことを思いだしたのを覚えています。
今にも崩れそうな崖下の峡谷を通る小径は、隠れた秘境といえるかも知れません。今は通る人がいないようで荒れてしまっていますが、私の一押しの絶景の場所でもあります。


Re:雀っこ坂でしょうか?

返信が遅くなりました。
たぶんそこは、雀っこ坂のことだと思うのですが・・・・。
現在も、少し怖いような場所ですが、
昔は雀のお宿を探して歩くような場所だったのでしょうか?
どうして、こんな名前がついたのか知りませんか?
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