2007-12-11(Tue)

舟沢観音

よりゃんせ金田一は、金田一地区の民話・年中行事・しきたりなどを収集し、先人たちの残した意思を受け継ぎ、その伝統文化を現代の人々に分かるような方法を研究し、継承していく事を目的にしています。

昨年は、「二戸きつね話」を出版し、700冊完売となりましたが、教訓も残りました。
書籍化する難しさや、方言の話し方はまだまだ勉強が必要でした。

今年は、年中行事の一つとして「観音様めぐり」を重点的に行いました。

金田一には、三観音があります。
今年は、ウォーキングが流行したこともあり、たくさんの人々に「観音様めぐり」へ参加頂き、金田一の風景を満喫していただけたと思います。
ですが、まだまだ金田一には埋もれている場所がたくさんあるはずです!

三観音の一つ、「舟沢観音」の場所は小学校裏の非難山のほぼ頂上、十二曲(じゅうにまがり)と呼ばれるつづら折りの坂を徒歩30分、
屏風上に広がる大きな岩の上に観音様が立ってたそうです。
此の地を設備し守っているのが、私たちのよき理解者〔杉の木会〕のみなさんです。

今回は、そこに伝わる昔話を一つ、金田一村誌より抜粋し、紹介したいと思います。


【耳切天王】

昔昔その昔、此の付近の神様方がお集まりになって、重大会議をお開きになられた。
それは、金田一及び附近一体を海に変化されて海産物の産地にしよう、との御相談であった。

ところが或神様は、此の土地は古来農業・養蚕の土地である、とて、海に化すことを不適当を論じ、海化反対論を唱えられた。
しかし、他の神様方は誰一人として是に応じて下さらず、巳に(すでに)海に変えることに決定しそうであった。
自分の説を容れられなかった神様は、此んな馬鹿げた相談は「聞きたくも見たくもなし」とて、後ろの山にお登りになり、頂に居られることになられた。

反対者のなくなりし事を此れ幸とばかりに、神様がたの行動は日増しに烈しくなり、後の山までも響く有様であった。其れを聞いて居らねばならぬ苦しさに耐えかねた神様は、耳を斬り、他の神様に居られた。

其れから間もなく、金田一及び附近一帯は海に帰られ、神様方は御満悦の態であった。
此の悦も束の間、やがて大津波に襲われ、神様方は皆おぼれて了われた。
唯、先の一神様のみは、高い山にあって津波をのがれることが出来た。而して、御心のままに、金田一及び附近一体は元のような原野に化され、農業・養蚕の土地とせされた。此の事があって以来、此の山を非難山と称し、その神様を耳切天王と呼び、農業・養蚕の守護神とし
て祀ったという。

現在、非難山はあっても、耳切天王の鎮座所は明らかでない。
巫女の口よせによれば、非難山の西向の所に鎮座されている……と言う。
そこで、村の有志数名で探し廻ったが、遂に見当たらなかった、ということである。
古老の談によれば、一度その御姿を見ることがあっても、二度と見つける事はできないと。

此の話は、よく寝物語りに祖母から聞かされたものです。
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